「霧の盟約(The Covenant of the Veil)」

「霧の盟約、歴史を操る」

(サブリナの金塊、霧に消えた真実)

第一節 探検隊の記録

1936年、氷壁の裏側に到達した小規模の調査隊「フロスト・エコー隊」は、鏡面の書庫を目撃した最後の記録を残している。
隊員12名のうち、帰還したのはわずか3名。だがその3名すら、自分の名を語れなかった。

彼らは日誌にこう書き残している。

「私の名が消えていく。
ただ影だけが、そこに留まっている。」

第二節 影に刻まれたもの

現場に残されたのは、装備品と「人の形をした影」だった。
それは壁や床に焼き付いたように黒く残り、立体感を持ちながらも人影以外の要素を欠いていた。

氷の表層に触れた隊員が、次の瞬間に光となって吸い込まれ、肉体が消滅し、その人間の存在を示す影だけが残る――。
残された影には、奇妙な細線が刻まれていた。それはまるで、彼らの記憶の断片が影に封じられたかのようだった。

第三節 記憶を奪う書庫

書庫の仕組みは単純だった。
知識を得ようとすれば、その代償として自らの記憶を支払う。
だが、完全に記憶を失った場合――人間は自分が存在しているという認識すら消え、影として焼き付く

霧の盟約はこの代償を「供物」と呼んだ。
供物を捧げることで、盟約は書庫の情報を世代ごとに継承してきた。
つまり、彼らは人類の影を犠牲にして、真実の断片を保存してきたのだ。

第四節 失われた探検隊

フロスト・エコー隊の影の中には、明らかに文章が刻まれたものが存在した。
研究者が転写したその文は、こう読める。

「我らは存在を失った。
だが記憶は未来に渡される。
霧の盟約を疑う者よ、この影を読め。」

しかし転写直後、研究者自身が姿を消し、机の上に彼の影だけが残された。

第五節 最終の警告

残された影は語っていた。
――記憶は真実そのものではなく、代償を通じてようやく触れることができるものだ、と。
霧の盟約はその仕組みを理解し、あえて人々の影を供物としながら人類史を編み直してきた。

もし「影の記憶」をすべて解き放てば、歴史の全貌が現れる。
だがそのとき、人類そのものが“影”に変わるのではないか――。

📘次回(第14話)予告
「影を読む者 ― 奪われた記憶の継承者」
失われた探検隊の影を解析しようとした研究者たち。
だが彼らの脳裏に刻まれたのは「自分ではない誰かの記憶」だった。
記憶を読む者は、次第に自らを失い、やがて“継承者”へと変貌していく――。

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