(サブリナの金塊、霧に消えた真実)
第一節 氷壁の裏面

八角塔の起動によって南極の氷壁は震え、白く滑らかな壁面が鏡のように変貌した。
氷ではなく、液体でもなく――すべてを映し返す光学的な鏡面。
その表層がゆっくりと開くと、内部には数え切れぬ層の「書庫」が現れた。
それは本でも巻物でもなく、光で構築された記憶の層だった。
氷の奥深く、縦横に連なる無数の光の板が、時代ごとの出来事を記録していた。
第二節 記憶の書庫
探検隊の一人が、その層の前に立った。
触れることはできない――だが視線を合わせた瞬間、過去の映像が脳裏に流れ込む。
古代の儀式、中世の戦乱、失われた航海――。
その人物が求めずとも、記録は次々と流れ込み、やがて「自分の記憶」と混ざり合った。
つまりこの書庫は、ただの記録庫ではない。
記憶を受け取る代償として、自らの記憶を失う装置だった。
第三節 代償の掟

霧の盟約の古文書には、この書庫に関する一節が残されている。
「扉を開いた者は、記憶を得て記憶を失う。
記録は増し、記憶は減る。
その代償を払わぬ者に、真実の層は開かれぬ。」
つまり、真実を知ろうとする者は、必ず自らの人生の一部を犠牲にする。
書庫は人間に「すべてを理解することの不可能性」を突きつける装置だった。
第四節 歴史の改竄と書庫の役割

なぜ霧の盟約はこの装置を守り続けてきたのか?
それは「書庫そのものが歴史を改竄する鍵」だからである。
記憶の層を操作すれば、
- ある出来事を完全に“なかったこと”にできる
- 歴史上の人物を別の役割へと置き換えられる
- 世界全体の記憶を再構築できる
そしてその“編集作業”を担ってきたのが八角塔であり、氷壁の鏡面はその結果を保存するアーカイブ領域だった。
第五節 南極は大陸ではない
ここで再び立ち返る。
南極は大陸ではなく、「世界の記憶を投影する鏡面装置」。
大地として存在するのではなく、書庫を覆う“保護膜”にすぎない。
人類は大陸だと思い込まされてきた。
だがその実態は、歴史改竄の書庫を隠すための虚構だったのだ。

📘次回(第13話)予告
「記憶の代償 ― 失われた探検隊と残された影」
氷壁の裏面で“記憶の層”を覗いた調査員たちは、次々に自分の名前を忘れ、やがて存在そのものを失っていった。
残されたのは彼らの影だけ――。
影に刻まれたメッセージは、未来の人類への“最終の警告”だった。