(サブリナの金塊、霧に消えた真実)
第一節 裏返された地図
1915年、第一次大戦下のロンドン。大英博物館の地下書庫に保管されていた一枚の古地図が盗まれた。
それは16世紀の航海士レイナルド・サットンが描いたとされる「南方世界図」。だが盗難後に密かに複写された写しには、表面の地図とは別に――裏面に都市らしき影絵が刻まれていたことが判明した。
影は都市でありながら、塔と塔が逆さに伸び、基盤は空白に沈んでいた。まるで「存在しない大地」に建てられた構造物だった。
第二節 空白に刻まれた影
この裏面の刻印は、肉眼ではほとんど確認できなかった。だが紫外線照射によって浮かび上がったのは、左右反転した都市の見取り図だった。
中心には八角形の塔、その周囲に四方へ放射する街路。まるで星型要塞のようでありながら、建物の配置は「天空図」と一致する。
研究者はこれを「空白都市(Null City)」と名付けた。
ある学者はこう語る。
「この都市は地上には存在しない。
これは“世界を写す鏡像”であり、地図を裏返すことで初めて見えるもう一つの世界だ。」
第三節 都市の影と霧の盟約
霧の盟約の文書によれば、「空白都市」はかつて十二支族の一派が隠した“記録保管庫”であったという。
だが都市自体は実在しない。むしろ記憶の上に投影された構造物であり、そこに足を踏み入れた者は、自らの記憶を“差し出す”ことで都市の住人となる、と記されている。
サブリナ号が運んだ金塊は、この都市の「鍵」として使われるはずだった。
都市の八角塔に金を接合することで、地図の裏面が現実の門へと変わるのだ。
第四節 消えた調査員
1932年、イタリアの地理学者カヴァッリは、この地図の写しをもとに南極へ向かった。
日誌にはこう残されている。
「氷壁の座標に従い、空白の地点へと到達した。
だがそこには大地がなかった。
ただ、地図を裏返すようにして見える――“影の都市”が浮かんでいた。」
カヴァッリと同行者4名はその後消息を絶ち、残されたのは破れたスケッチブックだけ。
スケッチには、地図の裏面と同じ八角塔の影が描かれていた。
第五節 南極は大陸ではない
もし南極が大陸でないのなら、それは「都市を映すための鏡面」である。
氷壁は白き縁ではなく、虚無を映すスクリーンだった。
だから座標を書いた者は姿を消す――“裏の都市”に取り込まれるからだ。
霧の盟約は、その都市を人類史を書き換える装置として利用してきた。
裏面に刻まれた都市は、我々が暮らす歴史の「編集室」だったのだ。
📘次回(第11話)予告
「八角塔の機構 ― 星型要塞と天空の都市」
空白都市の中心にそびえる八角塔。
その内部機構は、地上のどの建造物にも存在しない“星座連動型の記録装置”だった。
そしてその塔を起動するのは、サブリナ号が沈めた金塊に刻まれた黒き契約――。
